昨日はゆいちゃんとお茶してたんだけど、誰しも多少は精神病ぽい部分があるて医師が言っていたという話になりました。
そういう意味では躁鬱気質、泣いたり笑ったりドラマティックでないといられない女優体質の私たちだという話で盛り上がりました。
躁鬱のうち、悲惨に見えるのは鬱だけど、危険なのは躁状態です。躁のときは、次々とアイデアが湧いてきて精力的に活動し、徹夜仕事のうちに突然過労死する可能性もあります。
でも、躁で夢に向かって過労死と鬱で涙の果ての死では、俄然夢に向かって過労死する瞬間のほうが幸せだと思う。
そういう意味でも躁鬱、いやいや、女優体質の私ですが、1日のなかでもかなり気分が変動します。
思いふけっては悲しい過去に涙してその甘美さに酔いしれ、アイデアが湧いては自分は天才だと信じて突然新しいことを始める。
よく同じように悲観する読者女性からどうやって希望を持って努力できるのか聞かれましたが、悲観して嘆き悲しむ時にポイントがあるんだと答えました。
一般的には、
「どうして、私ってみんなができることができないんだろう」
って嘆いてそこで終わるんだろうけど、私は違います。
もっと大袈裟にシェイクスピアのヒーロー並みに嘆くのだ。
私だったら泣きながら、
「私ってどうしてみんなができることできないんだろう!本当に社会のくず!死んだ方がマシ!それでもみんなができないことできる天才なのに、社会はそれを理解してない!」
と大袈裟に一人でひとしきり嘆いて、
「あれ、おかしいなぁ。どうしてみんな私が天才だって分からないんだろう。宣伝が足りないのかなぁ?」
と思い始めて、どれだけ自分が天才か演説に回り始める。
そのうち、出版社もコイツは頭おかしいけど本書かせたら面白いかもしれないから、やらせてやるかとなるのである。
殆どの人は、嘆くだけで終わるのがいけない。自分を責めた後は、「私って天才なはずなのに何故だぁ!」と一言付け加えるクセをつけよう。
そうすれば、躁鬱気質から薔薇色の女優体質への転身を遂げられるのだ。
そんなこんなで、次の出版にむけて執筆中の深田です。
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誰彼も多少躁鬱病
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