旅行の準備をしている時に、仲間の一人の緊急連絡先の名字が違った。
その子は、それは母ですと言った。
離婚なんて別に珍しいという時代じゃない。
うちも家族の名字が違うのよとその子に言った。
しばらくして、その子がやってきて、
「うちの母は、変なんです」
と言った。
「え、なんで?」
と聞くと、
「十年くらい失踪してたんです。母、本人は三日くらいどこかに行きたいと思っていたはずなのに、出かけたら帰ってこれなくなったって言ってました。変わってますよね?」
と笑った。
母が変だというのは、その子の意思で言ってるワケじゃ無いだろう。周囲が、そうやってレッテルを貼ることでしか、彼女の行動を解釈できなかっただけで。
「女はね、普通の状態では出ていかない。犬だって、よっぽど飼い主に愛想尽かしたら家出をするのよ。私たちがしらないだけで、あなたのお母さんのなかでは、すごいドラマがあったんだよ。小説が一本書けるくらいの大きなドラマがね」
私の前で殆ど笑わなかったその子は、はにかむように笑顔を見せた。
一族みんなで、お前の母は変だと言われ続けて、誰も庇ってくれなかった。
オトナが、誰かがたった一言でいいから、何か言ってくれたらと願っていたのは、きっと自分だけじゃないだろう。