「マイケルさん、いったいどこに行っちゃったんでしょうね」
エリはタクシーでポツリと呟いた。マイケルと連絡が付かないなんて今までなかったことだ。
エリの言葉で深田は二十歳の頃のことを思い出した。
父親の会社が倒産した時、彼は何も言わずに失踪した。
何カ月も父のことを思ったり、なじったり、恨んだり、会いたいと思ったある日、深田は母にこう言ったのだ。
「お父さん、いったいどこに行っちゃったんだろうね」と。
母はすかさず、「どっかで生きてるん違う?ゴキブリ並みの生命力だから」と答えて「確かに」と思ったことを覚えている。
母と違って、深田は気が小さい打たれ弱い女だ。いつもクヨクヨしている幼少期だった。
そんな自分には とてもではないが、エリを励ます言葉なんて思いつかない。
「マイケル、ゴキブリ並みの生命力だから大丈夫だよ。ハハ」
深田はカラ笑いをしながら、オフィスのドアを開けた。
「ハロー!グッドモーニング!」
マイケルがスタバのラテを飲みながら、笑顔で二人を迎えた。
「おまえ!!このボケ!連絡も無しに何やってたんだよ!電話くらい出ろ!」
深田はすかさずマイケルにキレた。エリが「萌絵さん、大阪弁になってますよ。英語でお願いします」と深田をつついた。
「電話? 部屋に置きっぱなしだ。スマホはハッキングされ放題だからな。地球人は愚かだ。便利と引き換えに魂を売る」
「どこに行ってたのよ。台湾調査局だけじゃなくて、台北警察がジュディのところにマイケルの逮捕通知持って来たのよ」
「ジュディから聞いたよ。台湾調査局が俺を探して金曜日に来たということは、週明けには台湾国内の仕事があるから帰るだろう。だから、週末は隠れてたよ。軽井沢は素敵なところだった」
「か、軽井沢!?」
眠るに眠れず悪夢のような三日間を過ごした深田は、頭に血が上ってきた。
「だったら、ちゃんと説明しておいて!それよりも、今日こそ、過去に何があったのか系統立てて全部説明してよ」
「ノータイム。説明する時間なんかないぞ、これから外事警察に行く」
マイケルはラテを持ったまま、表でタクシーを拾った。
東京メトロ桜田門の出入り口すぐ横に警視庁がある。
バリケードの横に立っている警備員とエリが少し話をすると中まで案内された。
外事二課の陣内刑事と部下の久保田刑事が迎えてくれた。
「深田さん、どうしたんですか?」
「あの台湾調査局が藤井との裁判に現れて、その後、うちまで付けてきていたんです」
窓の無い部屋で刑事と話すのは少し緊張する。
「藤井の裁判に・・・」
これまでの経緯を知る陣内と久保田は顔を見合わせた。
「深田さん、どうして台湾はそこまでするんですか。私たちは、ちょっと理解できないんです」
久保田さんは正直にそう答えた。当然と言えば、当然だ。
フッとマイケルを見ると、いつもニコニコしている彼は沈痛な面持ちで語り始めた。
「私は、米国でJSF計画(統合打撃戦闘機)で無人戦闘機向けに遠隔操作技術の開発を行なっていました。そこで、私の技術に目を付けたのが中国の国家安全部と人民解放軍です。全てはそこから始まりました」
二人の刑事は信じられないという顔で目を見合わせた。
「その事件まで米国政府は台湾を親米国家だとみなしていました。その為、チップの製造を台湾大手半導体メーカーTSMCに委託したのです。私はTSMCの社長と何度も会いました。そして、これは殆ど知られていないのですが、台湾の法律ではチップ設計の要ともいえるマスク(チップ製造の金型のようなもの)権利の帰属は工場となっていたのです。無論、米国政府もそこまで知らなかったのです」
「ということは・・・?」
「台湾は合法的に次世代型戦闘機の要ともいえるチップ設計を手に入れたのです」
そうか、台湾調査局が日本で諜報活動しても合法なように、台湾では他人が設計したチップを基にマスク(チップの型みたいなの)を起こした工場に権利を帰属させ、技術流出を合法化しているのか。
しかし、この米国最新戦闘機技術流出事件。台湾総統の馬英九が指揮を執り、Winbond社の社長とTSMCの社長が絡んでいるとは、あまりにも大き過ぎる事件だ。
http://www.tsmc.com/japanese/default.htm
「コーさん、すみません。その事件の犯人はTSMCだったということですか?」
「いいえ、犯人は一人では無い国際犯罪集団青幇という台湾に居る暴力団で、中国共産党に協力しているのです。台湾国民党は殆どが青幇に属しています。馬英九、Winbond社長焦祐鈞、TSMC創業者張忠謀も青幇の構成員なのです。台湾国民党が国策で半導体メーカーを立ち上げた時、運営は青幇に任されたからです。JSF事件は、ラファイエット事件と同じように、何百人と言う人間と政治家が絡んだ一大事件だったんです」
軍事技術流出事件には、各国の犯罪組織、企業、政治家と莫大な金が付きものだ。
「どうして、台湾調査局は日本にまで来たんですか?」
「それは、私が台湾で指名手配犯だからです」
「何の罪状で?」
「私が逮捕された時、逮捕状には罪状が書かれていませんでした。名前だけが書かれた白紙の逮捕状で私は逮捕されたのです」
全員が黙り込んだ。
「取調室で、何人もの警察官に『何故逮捕されたのか?』と何度も聞かれました。無理もない。白紙の逮捕状なんて、誰も見たことがないから警官達は、裏でよほど危険なことが起こっていると感づいて取調べを嫌がりました。即日刑事裁判が開かれ、白紙の逮捕状と中身のない書類を見た裁判官が『こんな裁判を開くことはできない』と言って、裁判を放棄して逃げ出しました。二人もです。三人目の裁判官が現れた時に彼は、『お前の罪状なんかどうでもいい。私の仕事はお前を牢屋にぶち込むことだ』と言って、有罪判決を下しました。罪は、登記された資本金と銀行残高が一致しない罪です」
「台湾の法律ではそうなっているんだ。気に入らない会社の社長をいつでも逮捕できるように、その法律は作られている」
「どうやって、亡命したのですか」
「牢屋に入れられる瞬間、警官が『貴方は今夜殺される。消灯時間七時までに、誰かに助けてもらってください』と言って携帯電話を渡された。集団房のなかで、たった一人自分だけが携帯を持っていた。生粋の台湾人である政治家、王金平に電話をした」
「王金平!?」
驚くのも無理はない。王金平は、今の台湾法務院の委員長、本法務部長だった馬英九のライバルだ。
「王金平は馬の悪業に前から目を付けていたんです。だから、彼は私を助けた。王金平に牢屋から出してもらった直後、私は鞄一つの荷物で空港に向かい、アメリカに亡命したのです。その後、馬は台湾警察に命令して私に指名手配を掛けました。それが、FBIの保護下で名前を変えるきっかけになったのです。そして、先週金曜日、台湾調査局は私を探して東京まで来た。藤井一良の手を借りてです」
マイケルは刑事達を見つめた。
「もちろん連絡はしますが、FBIは日本では台湾調査局の違法行為について捜査する権利は無いので日本の警察に相談しろと言われるでしょう」