持っているブランド物の多くを売り、会社を建て直した。
自宅の棚には、残されたティファニーの水色の箱が見える。
元彼から貰った1カラットのダイヤモンドはなんとなく売りそびれたのだ。
「ま、もう二度と会うこと無いんだけどね」
ずずず、と、熱い紅茶をすすった。
元彼は自分に本気ではないと思っていたあるクリスマスの日に、「なんか、欲しいものある?」と聞かれて「別に」と答えた。本当に欲しい物は特に無かった。
彼は、「別にって何だよ」と言った後、黙ってティファニーに入って、このダイヤモンドを買ったのだ。
あまりの値段に驚いた。
「俺がお前に本気だったってこと、分かった?」
驚きのあまり声も出なかった。
彼の愛の深さに自分は気が付いて無かったと反省した。
そして、ラブラブ彼の部屋に入るとハリーウィンストンで100万円のダイヤモンドを買った前日付のカード明細が机の上に無造作に置いてあった。
「あんたさ、毎日違う女にダイヤモンド買って、何が面白いワケ?」
深田は彼を白い眼で見た。
「ちょっと待て!お前のダイヤモンドの方がずーっと高かったの、値段見ただろ!?そのダイヤモンドの大きさを見ろ、俺の愛の大きさだ!」
彼はそう言って、深田の肩をポンと叩き、それから程なくして、どうしようも無い二人は破局した。
「別に未練は無いんだけどね」
自分を一瞬でも好きだと言ってくれた人が無理して買ってくれた物を粗末にするのは気が引ける。
ルルルと音がなって携帯を見ると、その彼からメールが入っていた。
『よお、元気?仕事頼みたいんだけど、飯でもどお?』
なんだ?何年も連絡してないのに調子のいいヤツめ。ただ、仕事は欲しいので、何の仕事かは気になる。
『何の仕事?』
『メールでは説明しにくいから、今夜焼き鳥屋にでも来いよ』
相変わらずの上から目線。
ちょっと待て、深田。別れた男に安く見られてはならない。
『別れた男と焼き鳥行く女無いでしょ』
断った。
『ミクニでどう?』
彼は深田のお気に入りのレストランを提案した。
『飽きました』
これは断り文句のつもりだった。
『お前、イヤなヤツだね~。それでは、ミシュラン二つ星フレンチ取りました。7時でお願いします』
その店は前から行きたいと思っていた予約の取れない有名店だ。
『分かった。じゃあ、現地で』
仕方ない。偵察に行くしかない。
電話を切った後、深田は古びた下着に着替えた。
恋愛作家森瑶子の格言に『別れた男とヨリを戻したくない時は一番汚い下着を着ること』とあったからだ。その本は小学生の時に読んだ。
タクシーに乗り、『別れた男の前ではイヤな女を演じるのだ』と深田はブツブツ唱えた。
「で、なに?仕事の話って?」
本日のアミューズ、フォアグラペーストのシュー仕立てを頬張りながら、深田は質問した。
「俺の会社、上場させる事にしたんだよね」
「あんたみたいなアナログの会社、人件費ばっかり嵩んでレバレッジ聞かないから、バリュエーション(高い株価)付かないから無駄よ」
深田は栗のポタージュを啜りながら答える。
株価の評価は、自分の本業だ。
「その通りなんだよ。だからさ、お前の会社を買収したいんだ。人からお前の副社長が失踪して、お前が困ってるって聞いたし、資本が入ればお互いウィンウィンだろ?」
彼はワイングラスを掲げてウインクした。
確かに深田の会社は最先端技術開発会社なので、小規模でもバリュエーションは異常に高い。
「会社、解散しちゃったんだよね」
深田はわざと新会社を立ち上げた話は避けた。
上場前の会社は子会社の買収をしたら上場時期が遅れるというマイナーなルールがある。彼の話、何か裏がありそうだ。
「ええ!!!マジで!!?もったいない~~」
彼はガクーとなった。
「うん、ちょっと前よ。ざーんねん」
深田は好物のトリュフがかかった鴨肉にポテトペーストをかき集めて頬張る。流石に最高の味わいだ。
「じゃあ、俺が子会社作るから、お前が社長になれよ」
「イヤよ」
「なんで、イヤなんだよ」
「朝五時に起きて七時には会社に来る親会社の社長がいる会社でこき使われたくないもん」
深田は同僚からワーカホリックと呼ばれて敬遠されていた。よりワーカホリックなマイケルも異常に勤勉勤労だが、こいつも異常に仕事が好きだ。そんなのに付き合わされたら身体が持たない。
「お前って、本当に性格悪いよね~」
「不誠実な男にはね」
「俺はね、誠実さには欠けるけど、すごくいいオトコなんだよ」
「その実力はよく知ってる」
深田はデザートを食べ終えて、ハーブティーを飲んだ。彼狙いの女に掴み掛かられたり、イチャモン付けらたり、本当に散々だった。
「よし、じゃあこうしよう。お前の給料月100万円、勤務時間はお前に任せるがホールディングスの役員会議には必ず出席してくれ!」
「考えるよ」
本当は考える気も無かった。
人の下で働くのはしょうに合わない。
「絶対考えろよ」
彼はそう言うと気分が良くなったのか、キッチンに向かって歩き始めシェフとお喋りを始めた。自分もフレンチレストランを始めるから俺のところに来いよと英語で話している。
その時、白いクロスがかかったテーブルの上に置かれた彼のスマホが振動した。『電話鳴ってるよ』と知らせようと思うと、彼の携帯にエリの友達の名前が表示された。
「なるほど、そういう事か」
自分では直接手出しできないから、野心家の元彼にアプローチしたんだな。彼なら金で動くタイプだ。さすがエリちゃん、天晴れな策略家だが、そういう事をやると女性には確実に嫌われるぞ。
というか、乗る方も乗る方だ。
「さ、行くか」
深田の肩に、彼がポンと乗せた手を深田は振り払った。
「ご馳走さま!じゃあね」
そう言って深田はタクシーに飛び乗った。
私の心を傷付けるのは構わないが、私の会社に傷を付けるのは許さない。会社は株主の物だからだ。
次の日、深田はダイヤを持ってブランド買取店に行った。
「これ、すごいですね。本当に良いんですか?」
鑑定士がルーペでダイヤを値踏みしなかまら深田に聞いた。
「いいのよ。真実の愛はプライスレスだから」
愛は形がない。
愛は無から産まれて無に帰る。
何も残らなくて正解。
黒いスーツの男はチラリと深田を見て、深田は思わずまつ毛を伏せた。
残念なだけ。
マイケルが言ってた。
数々のハニートラップを仕掛けられても婚約者だけを大事にした果てに、中国スパイに協力した青幇に婚約者をナイフで傷付けられた。
「俺は誰とも関係を持ちたくない」
マイケルの孤独。
それって、このことか。
TO BE CONTINUED
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第32回戦 ダイヤモンドの大きさは愛の大きさ
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