一つの訴訟には勝ちそうだった。
もう一つの訴訟には勝った。
気持ちは晴れたはずだったのに、シリコンバレーで警察がマイケルを探しまわっていると聞いて眠れない日々へと暗転したのだ。
「はぁ」
ため息がちにオフィスのドアを開ける。銀座のオフィスは今朝も料亭から漂う焼き魚の匂いが充満しており、マイケルはオーガニックフラワーの消臭剤でそれと戦っていた。
「マイケル、弁護士のレイトンは何とかしてくれないの?」
深田はどかっと座って腕を組んだ。
「レイトンのメールを読んだか?」
「え?ジョエイが諜報機関の名前教えてって言ってくれってヤツ?」
「英語音痴の脳足りん。これを見ろ」
マイケルは不満気にメールを見せた。
『マイケル、私は今朝、ジョエイ・キャンベルとニコラス・コナーズとカンファレンスコールを開いた。
ジョエイは君が関係する捜査機関、諜報機関の人間の名前を教えてくれたら、その命令系統を遡って全てを調べ上げたら、そこで税務調査を打ち切っても構わないと言っている。
(訳注: レイトンはマイケルを守っていたFBI証人保護プログラムの担当捜査官ニコラス・T・フォレストにFBIサンノゼオフィスで会った。)
ニコラス・フォレストはこの捜査は彼の判断で打ち切ったので、IRSの調査を止めることはないと答えた。
ジョエイは再度言うが、早く諜報機関の名前を教えてくれたら、それで良いと言ってるんだ』
「どういうこと?」
「レイトンがFBIに手を回したようだ。それに10万ドルを請求してきた」
「なにそれ!マイケルのことを弁護士として守ってないじゃない。それに、なんで彼はいつも『証人保護プログラム』って言うの?」
「レイトンがFBIに行っただろ?何故彼が自分で行く必要がある?ジョエイが自分でFBIに行くと疑われるから、レイトンを使っている。そして、レイトンが被害者保護プログラムを証人保護プログラムと呼び換えてるのは、俺をジョエイに高く売る為だ」
マイケルはやれやれと椅子の背にもたれかかった。
被害者保護プログラムはレイプやストーカー、殺人予告等の被害者を守る為のプログラムで証人保護プログラムよりも下位に位置する。
証人保護プログラムで守られるのは、国際裁判や大手級マフィア等の大きな刑事裁判や国際裁判での重要証人であって意味が異なる。
被害者保護プログラムは個人の利益を守り、証人保護プログラムは国や国民全体の利益を守るから敵側に売る時の値段が違う。
レイトンは、ジョエイにマイケルを国際裁判の証人だと思わせて、情報の取引をしてなければ、弁護士がそんな書き間違いを何度も繰り返すはずがない。
「なんでレイトンなんか雇ったの!?」
「レイトンから電話がかかって来るまで、俺が何人の弁護士に相談したと思ってるんだ。赤字のR&Dセンターの弁護したって、金にならんから断られまくったよ」
「マイケル、いま、レイトンから電話があるまでって?」
「ああ、俺を断わった弁護士が俺との電話を切った瞬間にレイトンから電話がかかってきて『税務弁護の仕事くれ』って言われたらしい。それでレイトンが俺に紹介された」
「怪しくない!?」
深田は声を上げた。
レイトン弁護士がジョエイに情報を流しているとしたら、ニコラス・T・フォレスト捜査官の名前だけでなく、米大使館にいるFBI捜査官の名前も、彼に報告した警察官、公安警察、検察官、全ての名前が売られた可能性がある。
「これが訴訟社会アメリカの成れの果てさ」
弁護士が顧客の情報を売る。それが、ストリートスマートと呼ばれるということか。
続く