「一個、二個、三個・・・」
深田は倉庫から在庫の部品を取り出して、数を数えていた。決算の棚卸で数を確認しないといけない。在庫と言っても、清算中の旧会社の在庫だ。
「これが売れたら、まだ資金繰りが楽なんだけど・・・」
新会社にも資金を出しているだけじゃなく、旧会社の分も立替支払いをしているので、この部品がお金になったら一番いいんだけどなと深田は考えた。
「ん、ちょっと待てよ・・・」
そうだ、なんで売らなかったのだ。
忙し過ぎて余った部品を処分するのを忘れていた。
「え?在庫ですか?」
仕入れ元の商社の営業マンが声を上げる。
「そう、これ、処分したいから売って欲しいんです」
「わあ、その高価な部品、確かに売れそうですね!いいですけど、どうしましょう?」
「取りに来てもらってもいいですか?」
「もちろん、いいですよ」
という返事から間もなく商社の営業マンがやってきた。
「そういえば、社長。S社から電話があって、エリさんと一緒に飲もうって誘われているんですよ」
「え、そうなの?」
深田は目が丸くなった。S社と言えば、国の研究所で入札をした会社で、R社はその下請けだった。エリがいなくなって、S社は一度深田のオフィスを無断で荒らしていったが、警察に届けたのに丸ノ内警察は被害届の受理を拒んだことがあったのだ。
「社長、大丈夫ですか?」
営業マンの声で深田は我に返る。
「あ、いや。エリちゃん、親が来て衰弱しきっていて歩くことすらできないって言われたまま連絡が取れないんですけど・・・」
深田の言葉に営業マンは『しまった』という顔をして、「今度、我々も飲みに行きましょうよ!僕、銀座の店で行きたいとこあるんです!」と言って帰って行った。
もやもやした気持ちでその日は終わった。
「でも、まあ、これで問題が一つ片付いて良かった」
そう呟いて深田はソファにもたれかかった。彼女の事は忘れよう。今は、仕事の事だけ考えるのだ。
一般的に、在庫部品はマーケットに出すと一週間くらいで売れてしまうらしいから、さっと換金できれば資金繰りだって助かる。
ところが、それから一週間経っても一カ月経っても商社から連絡は無かった。
「まったく、いつになったら売れるのやら・・・」
そう思っている矢先にオフィスの電話が鳴る。
「はい、R社です」
深田が電話に出ると、部品メーカーだった。
「ふ、深田社長。大変です」
『大変』か、久しぶりに聞いた言葉だ。エリがいる時、毎日のように『大変です』の一言で一日が始まった。
「なんですか、大変って」
「S社がうちに来ました!!」
「ええ、S社が?」
エリと会っているS社がどうして部品メーカーに行くのだ。
「何があったの?」
「実は、伝票を付け替えて欲しいと・・・」
「どういう意味?」
「うちが御社に売った部品をS社のものだと伝票を切り直してほしいと言われました」
「ハァ?そんなこと、できるわけないでしょ?」
「うちもそう言いましたが、S社からは『R社社長の深田萌絵にR社の部品を盗まれた。製品番号はあるから、それを元に伝票を切り直してほしい。公安警察にも相談して許可を得ている』って言われたんです」
「S社には納品終わってて、部品盗むも何も無いんですけど・・・」
うちの会社の部品を、私が盗んで私の会社の倉庫に保管した罪で訴える奴も頭が悪いが、それを真に受ける警察も警察だ。
S社は暴力団と関係があると言われている会社で、社員は頭が悪いと評判の会社だがあまりにも酷い論理構成だし、それを聞く警察もどうかしている。
「というか、うちの部品、私が会社の倉庫に入れててなんかおかしいですかね?」
「そうですよね。うちもそう思って、経理と法務と相談したんですけど、伝票の付け替えは出来ないと回答しました。ところが、おかしなことに製品番号をすべて持っているんです」
「え?」
製品番号を持っているとすれば、こないだ部品を預けた商社だ。商社の営業マン、そういえばS社と飲みに行くと言っていた。
「公安警察も被害届を受理したって・・・」
「本当!?」
「そうなんです。S社はそう言ってました。僕はありえないと思ったんですよ。だって、御社がうちから買った部品を、どうやって御社が盗むんですか?僕は何かおかしいと思うんです」
「そんなことって、あり得る?事件番号分かります?」
「そこまでは聞いてませんが、『嘘だと思うなら公安警察のJ氏に聞いてみろ』と言われました」
深田は絶句した。
公安警察のJ氏。
ファーウェイ事件が始まって以来、一年間深田は公安警察に通い、情報を提供してきた。その担当警部が、なんと私を容疑者としてファーウェイと組んだS社の被害届を受理したのだ。
「この国って・・・」
犯人は被害者になり、被害者が犯人に仕立て上げられる国になったのか。
そういえば、朝鮮総連の弁護士は元公安警察のトップだ。
相談する相手を間違えて、いつの間にか自分が犯人に仕立て上げられている。
いや、エリだ。公安警察にはエリと一緒に通っていた。
エリが失踪して、それまで何もしなかった公安警察がS社に事情聴取に行った。
エリが裏で情報操作していなければ、さすがに公安警察もS社の馬鹿馬鹿しい嘘を真に受けるはずがない。
あの商社のウェブサイトをクリックしてみた。
そこには、人民解放軍の衛星用半導体チップメーカーと提携したとのリンクが貼られていた。
TO BE CONTINUED
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【第35回戦】 公安警察、ついに始動
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