「萌絵さん、大変です!」
白いデスクと棚で統一されたオフィスで、エリが声を上げた。
「なによ、毎日けっこう大変なんだけど」
深田はブツクサ言いながら髪をかき上げる。
三菱東京UFJ銀行の支店長は人の口座から勝手に金引き出すわ、アルファアイティシステムには設計盗まれるわ、共同研究先は中国スパイ企業が現れるわ散々な目に遭っている。
「これ見てください」
エリはパソコンの画面を指差した。
「あの、大学に現れたファーウェイの人間、アメリカで指名手配だとニュースで出てます」
「し、指名手配!?」
深田は思わず息を呑んだ。
ファーウェイのアイウェイが指名手配だという記事がネットで流れていた。
「アイウェイって、大学に来たアイウェイ!?」
まさかのまさかだが、大学に現れたのは米国政府が目を付けてるスパイ犯、ど真ん中の人間だったのだ。
「萌絵さん。アイウェイって、あのアイウェイですよ!」
二人は目を見合わせた。
「どうして、変な外人マイケル、元株アイドル深田、ミスパイナップルの孫エリの三人しかいない会社に、指名手配中のプロ中のプロのスパイがわざわざ何の用事だって言うんだよ」
トントン!とネイルで飾られた指先で深田はパソコンの画面をつついた。
「ハハハ、指名手配のスパイなんて下っ端中の下っ端だろ。俺は米国最先端戦闘機のソリューション設計チームに選ばれ、江沢民が顧問になってくれと挨拶に来て、青幇首領がワザワザ殺しに来て、極め付けは台湾総統馬英九まで追い回しに来るんだぞ。スパイくらいで驚くなよ」
マイケルはカフェラテをふーふーしながら答えた。
エリは「いきなりラスボスだと、レベルアップする前に即死しそうですね」と深田に耳打ちした。
「マイケル、せっかく名前も国籍も変えたのになんで未だに追われてるのよ。今、うちの会社は軍事と関係なく、100%コンシューマー!リアルタイム動画伝送技術で津波から国民を守り、3D技術で子供達を喜ばせる楽しい会社でしょ!」
「しょうがないだろ。俺は天才なんだから」
マイケルはチラと深田を見た。
マイケルの設計する物は一般レベルの百倍から千倍のスペック。頭が良いのは間違いないが、臆面も無く自分を天才呼ばわりされると無性に腹が立つ。
「だいたい、今、世の中に出回ってる技術はデュアルユースであることが多い。無人ヘリコプターだって、赤外線だって、軍事技術なんだぞ。脳足りんめ。俺は子供の頃から天才だが、お前みたいな凡人と違って天才の人生は大変なんだよ」
マイケルはやれやれとため息を吐いた。
深田は苛立ちを収めようと深呼吸していたところ、オフィスの電話が鳴り響いた。
「萌絵さん、大変です!」
「今度はなんだぁ!」
「うちの取引先に、例のアイウェイがニュースの記事持って怒鳴り込みに来たそうです」
「え、まだ日本にいるの!?」
外事警察に通報したはずが、アイウェイはまだ国内にいるのか。
「中国には政府が発行する公式偽パスポートがあるし、複数国籍を持つ工作員はいくらでもいる」
マイケルはこともなげに言った。
「萌絵さん、公式偽パスポートっていう言葉が存在すること自体が中国すごいですね」
「そうだな、名前自体矛盾している」
「そんな冗談よりも萌絵さん、この記事について取引先の部長が説明求めてやってくるそうですよ」
エリが不安げに深田を見つめる。
「説明と言われても、説明のしようが無いんだけど…マイケルどうしよう?」
振り返ると既にマイケルの姿は見えなかった。
「さすが、馬英九台湾総統の手から逃げ出した男だな」
「そうですね。いつ消えたんでしょうね」
エリが垂れ目の瞳でオフィスのドアを振り返った。
深田萌絵の運命やいかに…
続く