ファーウェイ事件、アルファアイティ事件等が相次いだ為、マイケルが社長を降りてエリが副社長になることになった。
中国スパイからの執拗な攻撃からマイケルを守る為、シンガポール人の株主がそう勧めてくれたのだ。
「これで、いつでもエリちゃんと一緒だ!」
深田はエリが役員になったことが嬉しかった。これで、大手取引先の役員との会食で肩書きを理由にエリを外されなくても済むようになった。
「萌絵ちゃん、私、ちょっとS社さんと打ち合わせしてきますね」
そう言って、エリは夕方出掛けた。
しかし、このプロジェクトのリーダーであるS社の役員がファーウェイ社長と友達だったとは、国内におけるファーウェイの浸透力は普通ではない。
S社なんて、どう見ても国内ドメスティックな会社なのにどうやってファーウェイなんかと繋がったんだろう。
S社ウェブサイトを見ると、保利集団と中国で提携したとの発表が出てきた。
「マイケル、S社が中国の会社と提携してる」
「保利集団? 中国最大、人民解放軍の物流会社だぞ」
保利集団は鄧小平が始めた軍事ロジスティクスの会社だ。
物流は軍事の要。中国のように広大な土地では物流を絶たれると軍隊はあっという間に弱体化する。
「それがどうして日本の物流と…」
「どうやら、中国共産党は水面下で日本国内でテロ活動を行う時の為に、日本国内の物流を抑えたようだな。これで、中国共産党は武器でも物資でも何でも日本中のテロリストに届けることができるぞ」
マイケルはやれやれといった調子で、もう遅いからと言って帰っていった。
エリの携帯にかける。
「もしもし、萌絵ちゃん?いま、S社の人とご飯食べてるんです」
携帯の向こうからは役員の声も聞こえる。
「エリちゃん、役員の人も一緒じゃないの?」
「あ、そうなんですよ。お祝いしようって突然誘ってくださって」
「あのさ、取引先の役員に会うのに、一言もないの?」
「あ、もう戻りますから」
彼女はそう言って電話を切った。
カツカツ、白く縁取られたフレンチネイルでキーボードを叩く。そろそろ10時前だ。いくら何でも遅すぎるだろう。
「萌絵ちゃん、ただいま」
エリが戻ってきた。いつも通り、白い歯を見せて笑っていた。
「なんで、私がいない時にS社の役員と会ってるの?普通、事前に言うでしょう?」
思わず口調がキツくなる。、
「知らなかったんです。いきなりいらっしゃったから」
いきなり来たにしても、長過ぎるだろう、と深田は言い掛けたがエリの言葉に遮られた。
「疑うなんて、酷くないですか?萌絵さんらしくない」
そう言われて、深田はハッとした。
何年も仕事を支えてくれてるエリを疑うなんて、どうかしている。
深田は一瞬目を落とした。
「エリちゃん、ごめん」
深田はエリの痩せぎすの肩に手を置いた。エリはバシッと深田の背中を叩いて、もえちゃん疲れてるんだから休んで、と答えた。
その日の夜、深田はベッドで天井を見つめた。
ファーウェイに付きまとわれ、早稲田の同級生に訴訟され、企業を装ったインテリヤクザに脅されて精神的に参ってるのはある。
だからと言って、三年支えてくれてる仲間を疑うなんて、自分はどうかしている。
深田は眉間に皺を寄せて瞼を閉じた。
そうだ、きっと疲れてるだけだ。
続く